今日は8月9日は、6日の広島に続いて長崎に原子爆弾が投下された80回目
の原爆忌です。
昭和20年8月、終戦間近の日本は、ほとんどの都市が米軍の空襲により
破壊されていたが・・・
4つの都市だけは、ある目的のために破壊されなかった。
その都市とは、広島、小倉、新潟と長崎、そこの住民はアメリカによる原子
爆弾の実験ための目標都市として、とっておかれたとは知るよしもなかった・・
実際には、新潟市は爆撃機の発進するテニアン島から距離があることなどの
理由から最終的に候補からは外れたらしいが・・・
しかし広島や長崎に原爆が落とされた時、次は新潟に投下だと噂が広がり、
実際に一週間ほど原爆疎開で無人状態になったそうである。
以下は、総務省の新潟市における戦災の状況(新潟県)より抜粋。
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県は10日に「一般新潟市民」の緊急疎開など4措置を決定し、11日に町内会
を通じて知事布告を配布した。
布告には、「新型爆弾ハ我国未被害都市トシテ僅ニ残ッタ重要都市新潟市ニ
対スル爆撃ニ、近ク使用セラレル公算極メテ大」などと記された。
市民の疎開は、知事布告が配布される前の、10日夕刻から始まった。
近郷に通じる道路は荷物を担ぐ人や荷物を積んだリヤカーを引く人で埋まった。
12日、新潟市内は人気がなくなった。
13日の墓参りは閑散とした。住職も多くが疎開した。

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私自身は、戦後生まれなのでこの辺の話は初めて知りましたが、もし生まれ
育った故郷新潟の地に、原子爆弾が投下されたていたとしたら・・
両親も被爆して、私もこの世に誕生していなかったかも知れません。。
世の中に絶対悪があるとすれば、戦争や核兵器はその最たるものだと思う・・
人類は二度と同じ過ちを繰り返すことの無いようにと祈るばかりである。
夏の青空に映える夾竹桃の花。























